アメリカ大統領バイデン氏の人生 🚩

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アメリカの大統領選が終わりましたが、

勝利したバイデン氏は一体どんな人生を送ってきたのか?

https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-54804290

BBCニュースを参考に作成いたします。

投票ボタンバッジバイデン Premium写真

ジョーセフ・ロビネット・バイデン・ジュニア氏は1942年、

アイルランド系カトリック教徒の家庭の4人兄弟の長男として、

ペンシルヴェニア州スクラントンで生まれました。

苦悩が多い人生と報道されることが多いバイデン氏ですが一体どんな

人生を送ってきたのでしょうか?

吃音を克服した幼少期

幼いジョーは※吃音(きつおん)に苦しみ、

鏡の前で話す練習などを重ねることで、高校時代にようやく克服をしたそうです。

話しことばを発する時、第一音や途中の音が詰まったり、

同じ音を何度も繰り返したり、音を引き伸ばしたりして、流暢に話すことが出来ない状態をいう。

妻と娘の死

デラウェア大学の後、ニューヨーク州のシラキュース大学ロースクールへ進み、

最初の妻ニーリアさんと結婚した後、デラウェア州ウィルミントンで政界入りを果たします。

1972年にデラウェア州から連邦上院選に出馬し、初当選します。

その翌月の12月半ばに、交通事故で妻と1歳の娘ナオミちゃんが死亡。

2人の息子、ボーさんとハンターさんも重傷を負いました。

バイデン氏は翌年1月、息子たちの病室で就任宣誓をしました。

ワシントン政界入りしたバイデン氏は新人議員として活動しながら、

妻と娘を失った家族の生活を立て直そうとした。

幼い息子2人のため、毎日ワシントンから地元デラウェアに通勤し続けたことは、有名です。

再婚・大統領選出馬

やがて教師ジルジェイコブスさんと再婚し、娘アシュリーさんが生まれました。

上院司法委員会で次第に頭角を表し、全国的な知名度も上がっていきました。

1987年には初めて大統領選に出馬したものの、

演説原稿で当時のニールキノック英労働党首の演説から盗作したと批判され、撤退しました。

バイデン氏は2008年にも大統領選に出馬しましたが、早い段階で撤退しました。

民主党候補になることが決まったバラクオバマ氏は同年823日、バイデン氏を副大統領候補に指名、

オバマ氏とバイデン氏は正副大統領として2期8年間を務め、

親しい間柄となりました。バイデン氏はしばしばオバマ氏を「兄弟」と呼んでいます。

大統領自由勲章と長男の死

任期満了での退任を目前にしたオバマ氏は2017113日、

文民に与えられる米国で最高の栄誉、「大統領自由勲章」をバイデン氏に授けました。

「ジョー・バイデンを知るということは、虚飾のない愛を知ること、

自分を顧みない奉仕を知ること、そして人生を豊かにたっぷりと生きることだ」

と、オバマ氏は述べました。

オバマ氏とバイデン氏のパートナーシップは成功しました。

しかし、バイデン氏は2015年に、

46歳の長男ボーさんを脳腫瘍で失うという衝撃的な悲劇を経験しました。

ボーバイデンさんは米政界の将来を期待され、

2016年にはデラウェア州知事に出馬するものと見られていました。

2020年の大統領選

2020年の大統領選は新型コロナウイルスのパンデミックのさなかに行われました。

アメリカではこれまでに23万人以上が亡くなり、トランプ大統領も感染しました。

メラニア夫人と息子のバロンさん、複数の政権関係者の感染も確認されました。

3日の投開票日に向けてトランプ氏は、ロックダウンなど不要だと主張し、激戦州で支持集会を開き続けました。

パンデミックに関する両候補の溝は深く、バイデン氏は大統領の対応を、被害者への「侮辱」だと強く非難していた。

「たとえ私が当選しても、このパンデミックを終わらせるには、大変な苦労が必要になる。

就任初日から、正しい対応を始める」と述べていました。

感染や投票所の混乱を恐れる有権者は、1億人以上という記録的な規模で、

期日前に大統領選の投票を済ませた。

郵便での投票推奨したバイデン氏が結果として勝利宣言をすることになりました。

これからのアメリカがどう変わるのかバイデン氏に期待したいですね!

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